98年3月号WAS! 掲載

 長野オリンピックが終わった。4年に一度の冬の祭典ということで、数々のドラマがあった。各種目において、日本人選手の活躍はなかなかで、期待通りのメダルもあれば、前回の雪辱のメダルもあった。一方でメダルに手が届かなかった、悔しい涙もあった◆しかし、メダル・メダルと騒ぐ一方で、わたしはこんなちょっとした話にひかれた。バージン諸島のボブスレー選手たちは、自分達のソリを買うためにピザ屋を開き、地道に遠征費用等を稼ぎ、今回のオリンピックに参加してきた。成績は、強豪のスイスやドイツには到底及ばないものだったが、彼らの言葉は印象的だった◆「僕達はここに来られただけで満足なんだ。自分達のソリ(イグアナをモチーフにしたなかなかかっこいいソリであった)も買ったし、どうだい、かっこいいだろ、またソルトレークで会おうよ。」◆五輪では、もちろん、勝つ、ということが重要なファクターの1つだと思う。4年に1回しかないというプレッシャーは相当なものだろうし、その重圧をはねのけてメダリストとなった選手には心からおめでとう、と言いたい◆しかし、参加する、というファクターもまた重要なものの1つであろう◆遠征費用のためにオリジナルのCDのセールス活動を行うジャマイカ選手たち。ケニアからたった一人で参加し、だんとつビリながらも完走したクロスカントリーの選手。彼を出迎えたのは、クロ・カンの王者、ダーリだった…◆これらの人びとが教えてくれたことは、参加しなければ何も始まらない、ということではないだろうか。「参加する」「参加し続ける」というもっとも基本的で地道な作業が無ければ、人と人のつながりや、そこから生まれる無限の感動、新しい発見、予測できない人からの反応、それら全てを味わうことはできない◆どんなことにもそれは言える。仕事、サッカー、パーティー、飲み会、それらは、「参加する」という個人の自発的行為がなくては何も始まらない。個人レベルにおける「参加」なくしては、何も感じることはできないのだ◆「参加する。」この言葉の意味がとっても重かった16日間だった。


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